みんなの
#生い立ち

エンジニア おぎどー

高校時代のエピソード

沖縄工業高等専門学校に入学し、学校から徒歩30秒ほどの場所にある寮で生活をしていました。学校は山の中にあり、周囲には何もなく、徒歩10分くらいのところに、ようやくコンビニがあるくらいでした。やることといえば、部活か、海に行って泳ぐことくらいしかありませんでした。

ディレクター ながみ

高校時代のエピソード

部活動が活発な学校ではなかったので、放課後は毎日、仲良しの友達とゲームをしたり、マンガ読んで遊んでいました。本当に最高な毎日で、永遠に続くと思っていました。

エンジニア スン

高校時代のエピソード

高校時代は帰宅部でした。活躍できるのは文化祭、そうバンドです。
文化祭というたった1日のために毎日練習に明け暮れました。

成績は下から数えた方が早いようなやつでしたが、一日も休まず皆勤賞。女の子ともうまく話せない、カッコつけ全開時代です。
若干黒歴史感は否めないので、あまり覚えてない事にしています。

デザイナー あらやん

高校時代のエピソード

吹奏楽活に打ち込んでいました。
商業高校だったのに簿記や会計が一番できなくて赤点ばかりとっていました。

エンジニア じょう

高校時代のエピソード

工業高等専門学校に通っていました。
ポケコンという1980年代に広く使われた携帯用の小型コンピュータを講義で使っていたのですが、自分で書いたコードが動くことが楽しくて、ポケコンの小さい画面にC言語でいろいろなコードを書いていました。
またソフトウェアだけではなくて、電子工作もやっていて、とにかく何かをつくることが楽しかったです。

エンジニア こじこじ

中学時代のエピソード

バスケとオンラインゲームのことばかり考えていました。
朝と放課後にバスケの練習があったので、肉体的には辛かったのですが、オンラインゲームだけは欠かさずやっていました。
この時に、インターネットの楽しさを初めて知りました。

エンジニア あらみそ

生まれたときのエピソード

物心ついた時から兄や従兄弟と一緒にテレビゲームをしていました。
はじめは何もわからないので対戦ゲームではプレイヤーモードに設定してもらえず、ひとりだけコンピューターモードのままでした。
自分でプレイしているわけではなく、コントローラを握りしめてゲームをしている気分になっていただけだったのです。次第に自分の入力が効いていないことに気づき「なんで左に動かんの!?」と自ら声を荒げ、ようやく「自我が目覚めたね」と兄たちに認めてもらうことができました。

エンジニア 局長

生まれたときのエピソード

僕の育った家はお菓子屋さんで、日々ものづくりを中心とした生活を送ってきました。
母がトレンドをとりいれた新しい商品を作り出すことに熱心だったため、お客様のニーズに合った商品を作り出す過程と、ものづくりの楽しさを日々、家族の会話の中で培ってきたように思います。
今こうしてエンジニアとして働いているのも、ひょっとしたらそんな環境が起因となっているのかもしれないなぁと思う今日この頃です。

エンジニア けおけん

高校時代のエピソード

3年間、部活(バレーボール部)に明け暮れていました。ほぼ毎週遠征、年間の休みは約7日間といった生活を送っていました。顧問の先生がとても厳しく、挨拶・礼儀などを叩き込まれました。

エンジニア おっくん

高校時代のエピソード

進学校だったのでひたすら勉強していました。高校生ともなると進学や将来のことを考える時期になり、小中学生の頃からパソコンを触っていたので、プログラミング関係の仕事に就こうと思うようになりました。

カスタマーサービス トビー

高校時代のエピソード

お姉ちゃんにギターをもらったことをきっかけにギターをはじめ、軽音楽部を設立して初代部長になりました。(部長の仕事は職員室から部室の鍵を取ってくるだけ。)寮の就寝時間後、見回りが来ない屋上の洗濯場で友達と夜通しギターを弾いていました。

バックオフィス あちゃ

中学時代のエピソード

中学時代は、バスケ部の部長や学級委員をする積極的な子でした。初めてインターネットに触れたのもこの時期で、毎日家に帰ってくるとパソコンの前に座り、自分のHPを更新していました。ほかには携帯の待ち受け画像を作っていました

デザイナー なおめめ

中学時代のエピソード

ホームページを作り散らかしていました。写真日記をかいたり、ちまちま描いたドット絵を載せていました。インターネットで何かすることに時間を惜しみなく使っていて、そこには謎の熱意がありましたが、なんでもすぐ飽きてしまって1つ1つは長続きしませんでした。

ほかに熱中していたのは映画です。フライヤーやパンフレットを大量に集めてよろこんでいました。毎日のようにレンタルビデオ屋さんに入り浸っていました。この頃にATG作品と出会ってしまい、その後はサブカルまっしぐらです。

営業・プロモーション すっしー

中学時代のエピソード

中学1年生のときは、転校初日の転校生に殴られるくらい弱く、病弱、泣き虫でした。中学2年生のときにブックオフでたまたま流れていたブルーハーツの「ロクデナシ」の歌詞に、頭の上にハンマーが振り下ろされたかのような衝撃を受けました。それ以来、弱い自分を受け入れるようになり、あまり泣かなくなりました。

しかしながらその代償として、私生活ではドクロのウォレットチェーンや、鋲付きの首輪をつけて地元を練り歩くようになり、別の形で青春時代に影を落とすことになりました。

デザイナー 鹿

中学時代のエピソード

中学生のときに自宅のパソコンがインターネットに繋がったのをきっかけに、本屋でHTMLの本を買い、初めてホームページを作りました。それから、インターネットを毎日見ています。

自分にとってインターネットは、まるで蛇口から出る水のように、そこにあって当然のものだし、インターネットがなかったら出会うことがなかった人たちと出会わせてくれたものだし、自分の考え方や生き方をかたちづくったものだと思っています。

ディレクター ふっちー

高校時代のエピソード

かなり自由な校風の学校で、先生も両親も好きなことをいろいろやらせてくれました。良いこと・悪いこと・楽しいことはだいたいここで経験できたと思います。いまでも当時の同級生たちとは仲良くやっています。

エンジニア いもっち

中学時代のエピソード

体が小さめだったのでボールを片手で投げられず両手投げでドッヂボールに参加していました。
実は両手投げは速度が出ないが、微妙な回転がかかるので非常に取りづらく評判でした。
ドッヂボールをしていないときは剣道するかBUMP OF CHICKENを聴いていました。
また、親のパソコンでフラッシュムービーやCGIゲームにハマっていました。
CGIゲームはレンタルサーバでは禁止しているところも多いのですが、そんなことは知らずに誰かのCGIゲームにF5連打していました。
「きっとみんなロリポップ!を使っていたのだろうな」と今になって思います。

エンジニア くろ

高校時代のエピソード

高校時代はテニス部に入部。あだ名が黒龍(こくりゅう)でした。その時の名残で、現在社内ではブラックドラゴンと呼ばれることが多いです。ディープパープルやGOING STEADYというバンドが好きで、登下校中によく聴いていました。BECKというマンガを読んでバンドに憧れ、高校卒業したらバンドを組んで演奏するぞ!とずっと思っていました。

管理職 まよと

中学時代のエピソード

ソフトテニスと図書委員を3年間!ソフトテニス部の入部が同年代に多く、たくさんの仲間と一緒に切磋琢磨しました。たまり場になっている公園があり、帰宅後はみんなそこに集まってテニスをしたり、サッカーをしたり、お菓子食べながらしゃべったり。みんな本当に仲が良かったなーと思います。この時代に自宅にパソコンを購入して、そこからインターネットにハマりだしました。

カスタマーサービス らむ

高校時代のエピソード

部活には入らず、当時好きだった歌手グループのライブを見るために時給670円のコンビニのバイトでお金を貯め、毎月のように東京へ遊びにいきました。自分でファンサイトを作り、そのサイトを通じて同じ歌手グループのファンの方たちと仲良くなり、今でもSNSでつながってやりとりをしています。

ディレクター さおぴ

中学時代のエピソード

小学生の頃は文化系でイラストばかり描いていましたが、「動かないと太りそう」と思い友人とソフトテニス部に入部。これが意外とハマり、テニスはいまでも大好きです。

営業・プロモーション なおき

中学時代のエピソード

週6でバスケをしていました。県内でも強豪の学校で、五厘刈りでTシャツをパンツインした状態で練習していました。バスケは今でも毎週やっています。「ペパボバスケ部」入部おまちしてます!